イランの羊飼いの少年は家出をし洗車で食いつないだ。しかし彼の10年後の姿に言葉を失った。

サッカー・ワールドカップのロシア大会、6月25日(現地時間)ポルトガル対イラン戦は大きな盛り上がりを見せていました。サッカー界の大スター、クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル)が、今まさにペナルティキックを蹴ろうとしていたのです。会場はすでにこのテクニシャンがどんな華麗さでゴールを決めるのか興奮ムードで見守っていました。

大きな声援に応えんばかりに軽い足取りでボールを蹴ったロナウド。しかしここで予期せぬことが起こります。全力で前に出てきたイランのゴールキーパーに、ボールはしっかりとキャッチされてしまうのです。

ボールを止めた194センチの長身のゴールキーパーの名は、アリレザ・ベイランヴァンド。イラン・ホッラマーバード出身の25歳です。素晴らしいセーブをしましたが、世界中が注目したのは、彼のそのプレーよりもむしろ彼のそのとんでもない経歴でした。アリレザはロナウドのボールを止める10年前はホームレスだったのです。

少年だったアリレザには夢がありました。それはサッカー選手になって、憧れのピッチでプレーすること。しかしアリレザが生まれた場所は、その夢からははるか遠いところでした。イラン西部の小さな村に遊牧民の子供として生まれたアリレザ。長男のアリレザは当然のように幼い頃から家族を支えるために働きました。彼の最初の仕事は、羊飼いでした。

 

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そんなアリレザ、自由時間を見つけては熱中していたことがありました。それは、サッカーと地元住民の間で親しまれている遊びの一種であるダルパランでした。ダルパランは石を遠くまで投げる遊びで、この遊びに慣れ親しんだことが後年思いもよらぬ形でアリレザを助けることになるのですが、この時彼はまだそれを知りません。

アリレザが12歳になった時、一家は定住。アリレザは好きだったサッカーの訓練を積み始めます。ストライカーとして活躍していましたが、ゴールキーパーが怪我をした時は代わりにゴールを守っていました。体が大きかったアリレザは、ゴールキーパーとしての自分の才能に徐々に気がついていきます。サッカーに対する情熱は日に日に膨らんでいき、ついに父にプロのサッカー選手になりたいと打ち明けるのです。父の反応は意外なものでした。

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父はすぐさまアリレザのユニフォームとキーパーグローブを破り捨てたのです。アリレザのコミュニティでは、サッカーを仕事にするなど考えられないことでした。父親は、このままアリレザがサッカーを続ければ、彼の人生が壊れてしまうかもしれないと心配していたのかもしれません。父はアリレザに堅実で安全な人生を望んでいたのです。しかしそれでも、アリレザは素手でキーパーを続けました。

しかしアリレザは袋小路に陥ります。アリレザの小さな町では、切磋琢磨できる仲間もいなければ、ビッグチャンスもなかったのです。ついにアリレザは自分の運命の舵を切る決断をします。家出をし、首都テヘランへチャンスを自ら掴みに行くことにしたのです。親戚から借金をして、テヘラン行きのバスに飛び込みました。

行動を起こした者に、チャンスは素早くやってきます…なんとそのバスの中で、地元のサッカーチームを経営していたホセイン・フェイズに出会うのです。フェイズは日本円で5,000円ほど払ってくれれば、自分のチームでトレーニングしても良いと申し出てくれました。しかし残念ながら、アリレザはそんなお金もなければ宿もありませんでした。

Azadi tower, Teheran, Iran

行き場のないアリレザは、ホームレスが集まるアザディ塔のもとで幾夜も過ごします。アリレザを不憫に思い、自分の家に泊まったらどうかと申し出てくれる人もいました。やっとベッドで眠れるかもしれないと嬉々としたアリレザですが、思いとどまります。代わりに、アリレザはフェイズの経営するクラブチームの扉の前で眠ることにしたのです。

数日後、アリレザの熱意に動かされたフェイズは、無料でアリレザを迎え入れることを決めます。アリレザはチームメイトの家に2週間泊まり、その後は別のチームメイトの父親が所有する洋服工場で住み込みで働き始めました。

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彼の次の仕事場は洗車場でした。長身を生かして大型車の洗車を請け負っていたアリレザは、ある日イランの伝説のサッカー選手アリ・ダエイの洗車を担当することに。同僚たちはこの伝説のサッカー選手にキャリアについての直談判をしてみろと急かしますが、アリレザはどうしても踏み出せません。自分の道は自分で切り開きたいという気持ちがあったと同時に、自分の今の状況を恥じる気持ちもあったそうです。

その後アリレザはナフト・テヘランFCに移籍する機会に恵まれます。しかしここでも住む場所には困りました。当初クラブが彼にあてがったのはモスクの礼拝室。もちろんバレて立ち退きます。なんとか夜を過ごす場所を確保するため、クラブには秘密で夜通しピザ屋でアルバイトを始めますが、不運は続きます。何も知らないクラブのコーチがその店にピザを買いに来たのです。結局アルバイトはバレてしまい、またしても宿代わりの場所を失ってしまいます。

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住み込みで働くことを厳しく禁じられたアリレザは、ついに宿代を捻出するために掃除夫として仕事を始めます。それは未来のサッカー選手のアルバイトとしてはふさわしいものではありませんでした。巨大な公園を隅から隅まで掃除することに時間も体力も奪われて、サッカーに十分なエネルギーを注げなかったのです。

さらに悪いことに、アリレザは他のチームと練習して負傷したことで、ナフト・テヘランFCから追い出されてしまいます。テヘランを拠点とするやや格下のホーマFCへ移籍しようとしますが、そこでの契約はうまく運びませんでした。もう、これ以上無理かもしれない。アリレザは希望を失いかけていました。

 

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しかしアリレザが23歳になった時、古巣のナフト・テヘランFCのマネージャーから電話がかかってきます。もし他のクラブと契約していないのであれば、戻って来ないかとの誘いでした。アリレザは、ホーマFCとの契約がうまくいかなかったのは、運命だったのだと思ったそうです。ナフト・テヘランFCへ戻ったアリレザ、もう迷うことはありません。

そしてアリレザは日の目を見ます。イランの23歳未満の代表選手に選ばれ、その後ナフトの一軍のゴールキーパーになります。2014年、チームメイトへの70メートルもの遠投アシストは世界の度肝を抜きました。幼少時代からの石投げ遊びのダルパランで鍛えられた抜群の遠投センスに、成長しきった194センチの逞しい体つきが加わったのです。これはアリレザが最初に世界の目を引いた瞬間でした。

2015年ついにアリレザはイラン代表のゴールキーパーとして指名され、イランの2018年のロシアW杯出場に貢献しました。そしてサッカー界の大スター、クリスティアーノ・ロナウドのPKから、イランのゴールを守るに至ったのです。

アリレザは言います。
「信じられないほど多くの困難をくぐり抜けてきた…とても苦しかったよ。でもそれを絶対に忘れない。なぜなら、それが今の私を作り上げたのだから」

アリレザにはさらなる夢があります。それは、強豪ひしめくヨーロッパのクラブに移籍しさらに腕を磨くこと。遊牧民として生まれたアリレザ、やはり一つの場所に留まらずにいられない運命なのです!

出典

The Guardian

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