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アンビリーバボー

1995年14匹の狼が森林に放たれた。23年後、まさかこんな結果をもたらすことになるとは誰一人想像もしなかった

狼に対してどんなイメージをもっていますか?どう猛な肉食獣、集団で獲物を狩る有能なハンター、家畜を襲う害獣グリム童話「赤ずきん」でお馴染みのように、古くから狼は恐怖の対象であり危険な猛獣といった印象を抱かれがちです。

Arctic Wolf Portrait

アメリカ、ロッキー山脈北部に位置するイエローストーン国立公園。同公園で野生の狼が最後に駆除されたのは1926年のことでした。以来、約70年にわたり狼の姿が消えた国立公園では、狼の獲物であったエルク(アメリカアカシカ)の数が大幅に増加。雑食性のハイイログマに襲われることは滅多にないため、捕食者に狙われる恐れのなくなった安全な大自然の中、エルクはのびのびと生息。飛躍的に個体数を伸ばしていきます。

Roosevelt Elk herd, California, USA_6361

1995年、そんな「鹿の楽園」と化した国立公園に再び狼が戻ってきます。行政によって人為的に放たれた14頭の狼でした。

Yellowstone Wolf in Woods

当時エルクだらけの国立公園は狼にとってまさに、餌の宝庫。絶好の狩場とばかりに、狼の群れはエルク狩りに精を出します。長年捕食者に襲われる危険とは無縁に生息してきたエルクにとっては青天の霹靂。平和な鹿の園に再び弱肉強食の世界が戻ってきたのです。これまで天敵とほぼ無縁だったエルクの生態は一転、「獲物」を狙う捕食者の狼から逃げ惑うようようになります。

huh

しかし、なぜ敢えて行政は狼を国立公園に放ち、平和な暮らしを謳歌するエルクを捕食させることにしたのでしょうか? 

その理由は危機的状況まで増加したエルクの個体数にありました。天敵のいない環境下で大繁殖したエルクはポプラなどの原生林の若芽や幹の皮を食べ、長年にわたり国立公園全体に甚大な食害を及ぼしていたのです。

Yellowstone National Park

ポプラや柳、セイヨウハコヤナギなどの木々は大幅に減少。それによりビーバーやウサギ、狐などの小動物や鳥類の生息数は激減し、広大な国立公園の生態系バランスは大きく崩れていました。深刻な事態を重く受け止めた行政は、狼の再導入を決断。カナダから輸送された野生の狼が国立公園に放たれました。

これまで我が物顔で無防備にくつろいでいたエルクですが、狼を避け見通しの良い開けた土地や逃げ場のない地形から撤退。狼の捕食に加え、エルクの活動範囲が抑えられ繁殖率も下がったことにより個体数が大きく減少します。

そしてその結果、これまでエルクに駆逐されていたポプラなど木々が芽吹き、失われた森の樹木が急速に成長回復し始めたのです。

the sun in the forest

森林が回復するとともに、鳥が戻ってきました。

Acadian flycatcher nest

また、水辺に木々が茂り土壌が豊かになったことで、同公園で絶滅の危機にあったビーバーの個体数が増加。ビーバーの作るダムによって川の流れが適度に遮られ、魚や水鳥が生息しやすい環境がもたらされました。豊かな水辺にはカワウソも姿を現わすようになります。

Beaver

さらに、狼不在の間、森の捕食者として幅をきかせていたコヨーテが狼に駆逐された結果、コヨーテの餌となっていたウサギや野ネズミ、ジリスなどの小型動物の個体数が増加。すると、それらを捕食する狐やイタチ、アナグマ、猛禽類の生息環境が改善され、個体数が順調に増加していきます。

Rabbit

しかし、狼がもたらした変化はそれだけではありませんでした。これまで岸辺の土壌を削りながら広く浅く蛇行していた川の蛇行が減少し土壌の侵食被害も改善したことで、川幅が狭まり、水深が深くなったことで魚などの水中生物がより生育しやすい川へと生まれ変わったのです。岸辺の木々が蘇り土壌が安定したことにより、川の流れの乱れが大きく改善されたのでした。

F. Old Firehole River, Yellowstone 9-11

狼の再導入によって広大な国立公園の生物の多様性が増え、生態系だけでなく、環境までもが本来の姿を取り戻したのでした。

数度にわたる再導入で放たれた計66頭の狼は生息範囲を順調に広げ、2009年の時点で近隣のアイダホ州、ワイオミング州、モンタナ州の3州の個体数は約1700頭、そのうちイエローストーン国立公園には約100頭が生息しています。

生き物の調和のとれた大自然を見事に蘇らせたのは生物学者でも環境保護団体でもなく、捕食動物である狼でした。生態系をあるべき形に回復させた狼の存在は、私たちに生態系バランスの大切さを教えてくれます。

イエローストーン国立公園の狼再導入の物語はこちらからも視聴できます:

プレビュー画像:©︎flickr/Jeremy Weber

1995年14匹の狼が森林に放たれた。23年後、まさかこんな結果をもたらすことになるとは誰一人想像もしなかった1995年14匹の狼が森林に放たれた。23年後、まさかこんな結果をもたらすことになるとは誰一人想像もしなかった