カナダの森で発見された日本人村の歴史

2004年、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州にある深い森の中で、日本のものと思われるごはん茶碗や酒瓶が大量に発見されました。 どれも日本人なら馴染みのある食器ばかりですが、しかしなぜ日本から7500km以上も離れたカナダの森の中で日本の茶碗や酒瓶が見つかったのでしょうか?それにはある悲しい理由があったのです。

YouTube/NorthShoreNews

合計1000点を超えるこれらの出土品を発見したのは、ブリティッシュコロンビア州最大の都市バンクーバーのキャピラノ大学で考古学を教えるボブ・マックル教授。遡ること2004年、ブリティッシュコロンビア州の森に面白い場所があるとの連絡を受け、発掘をはじめたマックル教授が見つけたのは日本人のものと思われる集落跡でした。

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日本人集落跡が発見されたのは、バンクーバーから北東へ20kmほど車を走らせた所にある、ローワー・シーモア保護区の森林。1918年頃、この土地で日系カナダ人商人カゲツ・エイキチが森林の伐採権を取得して事業を開始。そこへ連れてこられた日系人労働者たちが、森林伐採の作業が終わってもここで細々と暮らし続けたのではないかと考えられています。しかしなぜ日系人たちは近郊の大都市バンクーバーではなく、あえてこの土地で暮らすことを決意したのでしょうか?

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その理由として、マックル教授は1920~30年代にカナダで大きな広がりを見せた日本人移民排斥運動や日系人差別を挙げています。「日系人だけで閉鎖的コミュニティを作り、地域に溶け込もうとない」などといった理由からバンクーバー市内で暮らす日系人達は日々、ヘイトスピーチやヘイトクライムの対象となっていたのです。教授は日系人労働者たちがそういった差別から身を守る目的で、バンクーバーから離れたこの地で暮らすことを決意したのではないかと考えています。

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マックル教授曰く、サッカー場より少し小さい広さのこの集落には14戸ほどの小屋が建てられ、小さな神社や、菜園、風呂場などもあり、近くのシーモア川では魚も豊富に釣れたのだとか。ここでの暮らしは決して快適とはいえなかったはずですが、それでも彼らなりに生活の質を向上させようと努力していたことが伺えます。


その後、1942年にこの集落の住民達は1人残らず内陸部の強制収容所へと連行されたと考えられています。隣国アメリカ合衆国同様、カナダでも1942年~1949年の間に日系カナダ人およそ2万2000人の財産が政府によって没収された挙句、不当に強制収容された悲しい歴史が存在します。

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いかがでしたか?アメリカ合衆国やカナダにおける1920年代の日系人差別や排日移民法の成立などは、当時の日本の対面を傷つけ反米感情を生み、太平洋戦争へ突き進む遠因となったとする意見も存在します。それから100年近くの月日が経った今でも、人種差別がこの世から根絶されていない現実に、どこか哀しい気持ちになってしまいます。

こちらの動画でマックル教授率いる研究チームによる発掘作業の様子をご覧下さい。

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