世界で初めて性別適合手術を受けたリリー・エルベの物語。

エイナル・モーゲンス・ヴィーグナーとゲルダ・ゴトリプが出会ったのは、デンマーク・コペンハーゲンの王立美術院でした。 エイナルは風景画を勉強しており、ゲルダはイラストレーターになることを夢見ていました。興味を共有していた若い2人はすぐに恋に落ち、1904年に結婚します。

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結婚生活は幸せそのものでした。2人とも新進気鋭のアーティストとして画壇に紹介され、芸術家としての将来が期待されていました。特にゲルダは、ゴージャスなガウンに身を包んだ女性のアール・デコ風の肖像画を描くことで知られており、ファッション雑誌などで人気を博していました。

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そんなある日、たまたまゲルダの絵のモデルだった女性が約束の時間に現れず、やむを得ずゲルダは夫エイナルにストッキングとヒールを身につけさせて足のモデルになってくれるように頼みます。嫌がっていたエイナルですが、結局は女装するハメに。もともと華奢で女性的な雰囲気を持っていたエイナルでしたが、ゲルダは、女装させたこの夫のあまりの美しさに息を飲んだと言われています。この時ゲルダは冗談半分で、この女装したエイナルを「リリー」と名付けました。それ以来「リリー」はゲルダのお気に入りのモデルになりました。

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しかしその出来事がきっかけで、エイナルは自分の中の内なる声を聞くのです。内気で自己表現が苦手なエイナルでしたが、女性の外見を身にまとっている時だけは、驚くほど自分らしくなれたのです。


この「リリー」をモデルにしたゲルダの作品群は画壇でも人気を博し、このミューズは一体誰なのだと話題になる程でした。2人は創作の自由を求めイタリアやフランスを旅したのち、結局1912年からは芸術の都パリに拠点を移します。そしてこの年から、エイナルは完全に私生活も「リリー・エルベ」として過ごすようになるのです。リリーとゲルダは、当時流行していたボヘミアニズムに傾倒し、多くのアーティストや画商と交流を重ねました。ゲルダはリリーを「夫の妹だ」と紹介していました。

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ほどなくして、リリーはどんどん大きくなる自分の心の声を無視できないようになりました。

「自分の心は本当は女性なのだ…」

そうはっきりと自覚したのは、リリーがフランス人の画商クロード・ルジュンに恋をしてしまったことが原因でした。リリーはこの画商と一緒になり、「母」になりたいと願ったのです。そして妻のゲルダも、リリーが隠せないでいるその気持ちに気づいていました。

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自分では止めることのできないその衝動。当時のヨーロッパでは、トランスジェンダーであることは理解しがたいことであり、医師はリリーを病気と決めつけ、精神病院で「男」に戻れるようにショック療法を受けさせられたりもしました。またその噂を聞きつけた友人たちも、どんどんリリーのもとを去って行きました。精神病院をたらい回しにされる日々に嫌気がさしたリリー。ついにある行動を起こす決意をします。妻のゲルダの精神的サポートもありました。

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リリーは1930年ベルリンを訪れ、そこで高名な医師であるマグヌス・ヒルシュフェルトの観察下で睾丸の摘出手術を受けるのです。さらに1931年にはドイツ・ドレスデンにて陰茎の除去と卵巣の移植手術が行われました。しかしこの時移植された卵巣は体に合わず、結局さらに2回の手術を重ねて再摘出することになってしまいます。しかし5回目の手術で体に再び子宮が移植され、ついに「母」としての体を手に入れるに至ったのです。50歳を目前に控えてのことでした。

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しかし当時、臓器移植の技術はまだ十分に発達しておらず、手術を受けたわずか3ヶ月後、体の激しい拒絶反応によって、リリーはその生涯を終えました。妻のゲルダは、最後の瞬間まで夫の性別移行を支援し続けていたと言います。


その後、ゲルダはしばらく傷心の日々を過ごしていましたが、数年後にイタリア人の外交官フェルナンド・ポルタと再婚。しかしその後も、ゲルダは自分の絵画にこう署名していました。「ゲルダ・ヴィーグナー・ポルタ」…亡くなった夫の苗字がそこにはありました。そして1940年、リリーの死から約10年後、母国デンマークで息を引き取りました。

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いかがでしたか?エイナル・モーゲンス・ヴィーグナー=リリー・エルベは、世界で初めて性別適合手術を受けた人物として人々から記憶されています。「女になりたい」という気持ちに忠実に生きたその生涯。しかしそのきっかけを与えたのも、背中を押したのも、夫の中に女性としての性質を見出した妻ゲルダでした。人の中にある本質を鋭く見抜いたゲルダは、本物のアーティストだったのかもしれません。この物語は、「リリーのすべて」というタイトルで映画化もされていますので、興味がある方はぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。

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