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えらい

世界最後の「鉄の肺」を使う弁護士

アメリカ人弁護士ポール・アレクサンダーの家の中は、24時間、機械から空気が出入りする規則正しい音が聞こえます。部屋の真ん中に横たわるのは、大きな鉄のタンク。この鉄のタンクから現在74歳のポールの頭が突き出ています。ポールは「鉄の肺」と呼ばれる旧式の人工呼吸器を現在でも使用している最後の数名のうち一人です。

1920年代に開発されたこの「鉄の肺」は、最初の人工呼吸器でした。患者の首から下を鉄の気密タンクに入れ、タンク内の空気を陰圧にして患者の胸部を広げることで息を吸わせ、タンク内の空気を平圧に戻し、胸郭の弾性によって肺がしぼむと患者は息を吐くという仕組みです。

この装置は主にポリオ患者に対して使用されていました。感染すると全身の筋肉が麻痺するポリオは、1950年代になるまでワクチンがなく、多くの人々特に子どもたちがポリオウイルスの犠牲になっていました。ポリオに感染すると、最終的に呼吸器の筋肉も麻痺するため、人工呼吸器が開発されるまではポリオの感染は死刑宣告そのものでした。

ポール・アレクサンダーがポリオに感染したのは1952年、6歳の時でした。最初は少し具合が悪くなったように感じただけでしたが、わずか5日間のうちにポールは全く動くことができなくなり、目が覚めた時には病院でこの鉄の肺に入った状態でした。「棺桶に入って死ぬってこんな感覚かななんて考えてたよ」とポール。「全然動けないんだ。指さえ動かないんだ」麻痺して動かなくなった横隔膜に代わり、鉄の肺がポールの呼吸を維持するのです。それから70年間、ポールはほぼずっとこのタンクに入ったまま生き続けているのです。

Youtube/Gizmodo

でも自暴自棄になることはありませんでした。「旅行だってしました、トラックにこの装置ごと乗せてもらってね」74歳になるポールは振り返ります。「大学も卒業しました。このまま寮に入って勉強したんです。みんな見てたな」40歳で弁護士資格を取得し、現在も首から下の筋肉は麻痺していますが、口に棒やペンを挟んでキーボードや電話を操って弁護士として仕事をしています。

Youtube/Gizmodo

より軽量で安価な人工呼吸器が開発されて以来、「鉄の肺」はもう半世紀近く生産されていません。それでも、新しいタイプの人工呼吸器よりも使いなれた「鉄の肺」の方が良いと、切り替えず使い続ける元ポリオ患者もいます。ポールもそのひとりですが、3年前に装置が崩壊しかけ恐怖したと言います。誰か修理できる人はいないかと、藁にもすがる思いでYouTubeに動画を投稿。幸い、もう使用されていない装置をもう1台見つけることができ、壊れた部品と取り替えるスペアパーツを得ることができました。さらに地元の車修理専門家がこのアンティーク装置の修理を請け負ってくれました。

Youtube/Gizmodo

長年の訓練で、ポールはマシンの外でも短時間なら呼吸できるテクニックを身に付けたと言います。「魚みたいな感じかな」とポール。「舌と喉頭筋を使って空気を飲み込んで肺に送るんです」こうして日中、短時間ではあってもタンクの外に出ることができるのです。しかし寝るときはタンクの中に戻らなければなりません。

こちらの動画からもポールの物語をご覧いただけます(音声英語のみ)。

ポリオの流行は過去の話ではありません。現在も途上国では多くの子どもたちの移動の自由と命を脅かしています。またアメリカでは、子どもへのワクチン接種を拒否する親がいるため、ポリオが再び流行の兆しを見せています。「私が一番恐れているのは、ポリオの再流行です。たった1人の子どもからも流行してしまうのです」ポールは警鐘を鳴らしています。

現在、自伝を綴っているポールは、これまでの人生に誇りを持っています。「他の人たちが人生で経験するようなことは全部経験しました。もっといろんなことを経験したかもしれない。辛いこともたくさんあって、楽しい事ばかりではなかった。でも私はそれをいつもチャレンジだと思ってきました。チャレンジするのは大好きですから」

プレビュー画像:©︎Youtube/Gizmodo

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