【男児救出】尾畠春夫さんが罰を受けてもしたかった事。それを聞いて鳥肌が立った。

山口県周防大島町で812日から行方不明になっていた藤本理稀ちゃん(2)を救った捜索ボランティアの尾畠春夫さん(78)。メディアによる大規模な報道のみならず、ネットでも賞賛の嵐が巻き起こる、まさに時の人。某テレビ局のインタビューに答える際には時折涙ぐんだりと、その優しい人柄がうかがえます。

Twitter/leorahimovic

尾畠さんは、8月15日の午前6時半頃から捜索を始め、その20分後の7時前頃には理稀ちゃんを発見。「大分の佐伯で2歳の女の子を探した経験から、子供は上に上がるのが好き」と捜索前に語っていた尾畠さんの言葉どおり、理稀ちゃんは確かに曽祖父の家の北側にある山の上の沢で、岩の上に座っているところを発見されました。

Twitter/hijimachi

しかし理稀ちゃん発見後、警察に理稀ちゃんを渡すよう言われたときに尾畠さんが返した言葉が、今ネットで話題を呼んでいます。それは「イヤです。なんぼ警察が来ようが、大臣が来ようが関係ない」というもの。一見唐突に思えるこの言葉の裏には、尾畠さんが理稀ちゃんの家族と交わしたある約束がありました。

Twitter/mickyjabon

尾畠さんのこの発言は、理稀ちゃんの家族に「私が抱きしめて直にお渡しします」と約束していた彼の決意を表すものでした。たとえ警察の命令に従わず「罰を受ける」ことになったとしても構わないという尾畠さんの強い義務感に、思わず鳥肌が立ってしまいます。

Twitter/KqSus

では尾畠春夫さんとは、一体どんな人物なのでしょうか?彼は65歳で店を辞めるまで、大分県別府市で鮮魚店を経営。40歳の時に登山を始め北アルプスや富士山にも登り、鹿児島県の佐田岬から北海道の宗谷岬までの全行程3250キロを徒歩で横断する旅にも出たそうです。さらに2004年の新潟中越地震、2011年の東日本大震災、そして2016年の熊本地震でもボランティアとして活動し、宮城県南三陸町では被災者が大切にしていた物を拾い集める「思い出探し隊」の隊長も勤めました。

Twitter/kitaguninoumi

尾畠さんは1年間になんと120~130日もボランティア活動を行なっており、さらに必要経費などはすべて自費とのこと。自身のことを「学歴もなにもない人間」と語る謙虚な尾畠さんは、「残りの人生を社会にお返しさせてもらいたい」と全国各地を車中泊しながらボランティアを続けてきたそうです。とにかく被災地の人に迷惑をかけないようにと自分の車で寝泊りをし、食事も自分で用意したものを食べてボランティアに携わってきた尾畠さんの姿に胸が熱くなります。

Twitter/umikazeradio

Twitter上では多くのユーザーから「国はこの御方に国民栄誉賞を与えるべきだ!」や「ただただ頭が下がり、涙が出た」さらに「こんな人が防災担当大臣になったら世の中変わると思う」といったコメントが多数寄せられています。

 

私たち日本人にとって、ボランティアという活動をプロフェッショナルに、そして心を込めて行う尾畠春夫さんから学ばなければならない教訓は多いのではないでしょうか。尾畠春夫さんの「困ったときはお互い様。明日は我が身かもしれないから」という言葉が胸に響きます。

コメント

おすすめの記事