産科医のせいで顔面麻痺で生まれた少年はポルノ俳優になった しかし7年後 スクリーンに映し出された姿に思わず立ち上がって叫びたくなった

その少年は、戦後間もない1946年に、ニューヨークのもっとも治安の悪い地区で、イタリア系の両親のもと生まれてきました。 生まれた際に、産科医が誤って顔を傷つけてしまったため、顔には麻痺が残りました。

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表情がうまく作れなかったイタリア系の少年は、そのせいでどんどん内向的な性格になっていきました。体はひ弱で、コミックなどの空想の世界に浸って過ごす毎日。当然のように、学校ではイジメのターゲットになり、さらに追い討ちをかけるように両親が離婚してしまい、少年の生活はひたすらに荒んだものとなっていったのです。

すっかり不良少年となってしまった彼ですが、愛してやまないものもありました。それは映画とボクシング。どれだけ素行が悪く、10以上もの学校から放校処分を食らっても、映画館には自分の居場所があるように感じていたのです。この頃に観た映画、「ヘラクレス」(1958年)の主演俳優スティーヴ・リーヴスに憧れて、少年は母親の経営していたボクシングジムで、ひ弱な体を鍛え始めるようになります。

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徐々に演じるということそのものに興味を持ち始めた少年は、高校をなんとか卒業した後はマイアミの大学の演劇学部に入学するも、すぐに授業料の支払いが困難になってしまい中退せざるを得なくなります。

ニューヨークに戻った時は23歳になっていたその青年。役者になるという夢はその時すでに摘むには大きくなり過ぎていました。しかし当然のことながら、無名の俳優など競争の激しいニューヨークでは見向きもされません。さらに顔があまりにもイタリア的すぎること、顔に麻痺が残っていたことから、演じる役柄は限られ、日銭を稼ぐため、やむを得ずポルノ映画に出演。その出演料だけでは生活できなかったため、空いた時間はボディガードの仕事をこなさなければなりませんでした。まさにアメリカの底辺と呼ぶべき暮らしぶりだったのです。

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オーディションに落ち続ける日々でしたが、そんな彼に転機が訪れたのは1974年のこと。運よく出演できた映画の演技が批評家たちの目にとまり、映画制作の中心地とも言えるハリウッドになんとか居を移すことが出来たのです。

しかし依然として俳優としての地位は安定したものではありませんでした。29歳となり、焦りを感じていたその時、たまたまボクシングの試合を観戦します。モハメド・アリ対チャック・ウェプナーの試合でした。ニューヨークのスラムで育った白人ボクサーのウェプナーが、すでに伝説的なボクサーだったモハメド・アリの持つ世界王座に挑戦。結局ウェプナーは敗北してしまいますが、この試合を見た瞬間、青年は頭の中で強烈なインスピレーションが湧いてくるのを感じたのです。

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三日間寝ることも忘れて脚本を書き上げた青年は、さっそく脚本を映画会社に売り込み始めました。運良く映画会社は企画を気に入ってくれ、映画化の話はトントン拍子で進んでいきます。映画会社は、ロバート・レッドフォードなどのA級スターを主演に据えた大作にしたいと考えていました。しかし青年は、「自分が主演したい」と断固主張。ストーリーが自分の人生と重なるように感じていたためです。その結果、主演の座はつかんだものの、予算は大幅カット。プロモーションなどもほぼゼロで、ダメなB級映画のレッテルをはられたまま、最低限の上映館でのスタートとなったのです。

しかし映画は公開とともにじわじわと口コミで人気を集めていきます。ベトナム戦争、経済不況などの影響で退廃的なムードだったアメリカに、三流ボクサーが不屈の闘志で世界チャンピオンに挑んでいくその物語は、ふたたび夢を運んできたのです。映画は蓋を開けてみれば大ヒットを記録、翌年アカデミー作品賞まで受賞してしまいました。

rocky

その映画のタイトルは、「ロッキー」

そしてこの映画がきっかけでスターダムにのし上がったその青年、もう誰だかお分かりですね。シルヴェスター・スタローンです。

「ロッキー」はその後パート6まで続く大ヒットシリーズとなり、さらには「ランボー」シリーズ、「クリフハンガー」などのヒットでスタローンはスターの座を不動のものにします。

アクション映画が多いため、肉体派と思われているスタローン、しかし作品に対するこだわりが誰よりも強いアーティスト気質であることは自明です。「ロッキー」を作った時のように、あくまでもインディー精神を保ち、可能な限り自分でクリエイティブな面をコントロールしようとするスピリットは現在までずっと貫かれてきました。70歳を超えてもなお、野心的な作品を意欲的に発表し続けられるのも、監督任せにしないその姿勢の表れでしょう。

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貧困、生まれた時に背負わされたハンディキャップ、そして数々の試練をものともせず、いや、むしろそれがあったおかげで、アメリカン・ドリームを掴んだスタローン。まさにロッキー・バルボアの人生を地で行くような男の姿に、当時の人々は心を揺さぶられたことでしょう。

コロナウイルスなどの影響で、世界中で経済は下降し、退廃的なムードが予想される今…そんな状況だけに、もしかしたら、次世代のスタローンが現れて世界を照らしてくれる、そんな日も近いかもしれません。

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